エストロゲンと発癌性の問題



子宮体癌



 1960年代米国で骨粗鬆症、心血管障害予防効果がすばらしいので子宮を有する人にもエストロゲン単独療法が行われていました。ところが子宮体癌を8倍増やしました。その後、黄体ホルモン併用療法が考えられ、現在も子宮を有する方には行われております。
 子宮体癌に関してはHRT施行者の方がずっと発癌率が少なく米国の研修医の本には黄体ホルモン併用者は体癌の検査は必要ないとまで書いてあるそうです。当院でも開院以来10年間、黄体ホルモン併用HRT中の体癌の発症は1例もありません


 また、ホルモン量が非常に少なくマイルドな効果の日本独自の女性ホルモンエストリオールは単独使用で子宮内膜に影響をほとんど与えないと言われておりましたが、実は人により血中ホルモンE2が上昇する方がかなりいることが分かってきました。
 当院では単独使用の方は子宮内膜の超音波観察を6か月毎に行うか、長期投与の方には黄体ホルモン併用で行っています


乳癌に関して


 上の表にもあるように1974年からエストロゲンと乳癌の関係は調べられてきておりますが、2002年まで因果関係ははっきり分かっておりませんでした。

しかし・・・・

 2002年米国WHIの報告でHRT使用者は未使用に比し1.26倍乳癌に罹患し易いことが大規模調査を行うことによりはじめて立証されました。また2003年には英国「100万人研究」では2倍HRT群の乳癌が多いことが判明しました。当院でもHRT中に発症した乳癌は6名おります。(幸い当院の6例は早期発見で皆さん健在です)
 また、HRT施行者の乳癌による死亡率は未使用者の死亡率より低いという論文が7編ありますが、高くなるという論文は無かったのですが、「100万人研究」ではこれにも否定的でわずかに増加。
 いずれにせよ「乳癌の疑われる方にはホルモンを投与しない」が原則です。しかし、5mm以内の初期乳癌の発見は非常に難しいことと、乳癌は最も頻度の多い癌であることを念頭に入れておかねばなりません。
 


 ★ただ残念なことに日本の乳房検診は未だ触診が中心で、マンモグラフィが普及している欧米のデータをそのまま鵜呑みにはできません。
 1日も早くマンモグラフィが普及し乳房検診の精度が高まることがわが国の緊急課題です。
 


 どれだけ乳がんが増えるのか?の集計が下のグラフ

 上のグラフは米国の乳がん累積率の集計です。未使用者は70才までに1000人あたり64人の発症で、10年間ホルモン使用者は70才までに70人と6人多く乳がんが発症したというデータです。
 日本人の頻度はこれより低いです。


 また、乳癌に関しては黄体ホルモンを投与しないほうが発癌性は低いと言われています。従って、子宮の無い方はエストロゲン単独となります。
 ★エストロゲンは乳がんの発育進展をプロモートしていることは確かです。それは男性に乳がんが少ないことや、若いうちに卵巣を摘出し女性ホルモンが出なくなった人には少ない事実があります。
 どうしても乳がんを避けたいのであれば、若いうちに卵巣を取ってしまえば良いわけですが、その後は悲惨な人生となり、そんなことをする人はおりません。
 閉経後に使用するメリットとデメリットの駆け引きなのです。リスクをとることにいままで慣れていない日本では自然のままでよいという方が多いと思います。
 長期に使用すると乳がんのリスクは上がるが、メリットもあります。
 ★あと数年たつと、HRTの個人的な向き不向きが遺伝子レベルで解明されることでしょう。


下図はエストロゲン単独療法使用2年後のマンモグラフィです。エストロゲン単独(この方はル・エストロジェル)でも乳腺が濃くなりマンモグラフィが読みにくくなる典型例です。
乳腺後隙の見え方が全く違います。この乳腺後隙に多くの乳がんが発見されます。このように乳腺読影医が苦労するケースも時々あります。




 ★テーラーメイド医療
 
乳がんになる遺伝子が強い方はホルモン療法以外の治療を選び、そうでない多くの方はホルモン療法を選ぶというような医療。
 ★乳がん全体では5%と少ないのですが遺伝性のものがあり、親、兄弟に家族歴がある方には当院では勧めていません。
 ★アメリカ食・薬品管理局FDAは乳癌の発生を抑える新しいエストロゲンを認可しています。ラロキシフェンSERM 選択的エストロゲン調節剤 (Selective Estrogen Receptor Modulators)
 この薬は子宮、乳腺には作用せずに骨、血管、脂質にはエストロゲンとして作用する魔法のような薬です。

ホルモン出しっぱなしの機関は避ける


癌検診は対癌センターで受ける方法もあります。
 ★ 視診・触診だけではいけなく、マンモグラフィ(乳腺撮影)、乳房エコーの両方の併用で受けられることをお勧めします。
 H13.4からようやく当院ではエコーとマンモグラフィ併用による乳房検診を取り入れることができました。

多くの婦人科医は乳がん検診を他施設に依頼します。「ホルモン療法するのだから、乳がん検診を受けるように」と、ところがそうは言われても乳がん検査を受けていない患者さんが多数います。ホルモン療法を行う婦人科医はただ言うだけではなく、しっかり年1回の検診を受けているのかを確認する必要があります。
なぜ触診だけではいけないの?

 H15年8月朝日新聞に乳癌検診が専門医以外で行われ、診断が遅れた方の記事が連載されました。マスコミを通して世論が動き、国会でも取り上げられ、ようやく今後の乳癌検診にマンモグラフィを併用する指針が厚労省から出されたことは皆さんもご存知ですね。
 子宮癌検査は顕微鏡レベルで行っているのに、乳癌は手で触れて調べるのではいかにも原始的であり、また乳癌による死亡者数子宮頚部・体部両癌死亡者数の1.7倍もあり、指針の発表は遅きに失した感があります。しかし、こういうことでもなければ古い制度に安住していたのかと想像すると非常に残念でありますが今後は良い方向へと向かうこと予想されます。抵抗勢力に立ち向かった関係諸先生方は大変ご苦労なされたことと存じます。


金森和男氏他:ビーナス達への警鐘,学生援護会,東京.1992より

上図は乳癌の自然発育史です。
 乳癌が発生して10年経過して1cmになります。それまでの発育は緩慢ですが、その後は急速に増大し癌が発生して約13年で人は死亡します。
 ところがしこりが1cmを超えるつまり癌発生後10年を超えないと人の指では触れることは出来ません(大きな硬い乳腺だと2cmになっても触れないことが時にあります)。1cm以上になると乳腺以外への転移も少しずつ多くなります。だから早期発見しなければ乳癌死は避けられません。
 多くの集団おいて触診での検診を毎年受けていた群と検診を受けなかった群での調査で死亡率に差が出なかったことが分かってきました。つまり触診だけの検診は無効と判定されたのです。
 ホルモン治療をしない方でこうなんです。とりわけホルモン治療(HRT)を行う人ですでに乳癌があれば、癌を増殖進展する可能性がかなり高いのです。それ故、より一層きちんとした検診を受けていただきたく、くどい説明をしています。触診でもいつかは癌を発見できますが、手遅れの方も出てしまいます。
 上図からも分かるようにたとえマンモグラフィでも癌発生後5,6年後を経なければ癌は見つかりません。発癌後間もなくはマンモグラフィでもMRIでも発見できません。それ故に定期検査が必要なのです。定期検査で早期発見すれば再発の可能性が非常に低く、また手術は縮小手術で済むことが多いのです。
 欧米ではホルモン治療者の全例が、また一般女性の70%がマンモグラフィを受けています。・・・・・ところが日本は2%です。
 さすがのマンモグラフィも欠点がありますが、それは超音波エコーとの併用でほとんど防ぐことができます。

 一般的には乳癌検診は乳腺外科で受けられることが一番確実です。小生が乳癌検診に入り込んだ理由(骨粗鬆症の治療にエストロゲン(女性ホルモン)を使用するには乳房検診が必須であるためでした)。
 当院でも当初は乳癌検査は乳腺外科に紹介していましたが、小回りが求められる開業医には定期乳房検診の度に乳腺外科に送るのでは患者さんが大変で、なんとか自施設で行えないかと模索してきました。
 乳癌の手術は乳腺外科で行いますが、検診だけで手術をしないのであれば婦人科の小生でも行えるのではないかと10年前からこの領域に飛び込みました(快く受け入れてくれた旭川医大第一外科と池上淳先生には深く感謝しております)。
 たとえば、胃がんの手術を行わない内科医が胃がん検査は行っているでしょう。これと同じです。
 現在婦人科医の中にもきちんとした乳癌検診を行おうとする医師向け研修会が数多く開かれており、心得のある婦人科医も少しずつ育ちつつあります(マンモグラフィが普及してくれば、医師数の少ない乳腺外科医だけで乳癌検査を行うことは不可能です)。そういう人々のリストがインターネットにちゃんと公開されておりますのでご覧になり、上手に利用されてはいかがでしょうか(今後、乳癌検診に意欲のある人とそうではない人に2極化して行きます)。
 読影医リストを見てみると、やはり圧倒的に外科医が多いです(乳腺の担当はほとんどの大学で外科ですから当然です)。

 院長はマンモグラフィB1認定医でしたが、06.12月  A認定医へとランクアップ試験に合格して診療に当たっております。超音波検査ではJABTS(日本乳腺甲状腺超音波診断会議)のA認定を取得しています。
 


  マンモグラフィと乳房エコー どちらが良いの?

 マンモグラフィは高濃度乳腺の方(一般的には若い方に多い)ではレントゲンがはじかれ、よい写真が撮れないことがあります。それがマンモグラフィ最大の欠点です。エコー検査はそういう方でも診断できることが多くあります。
ではエコー検査の方がすぐれているのでしょうか?

 例えば、巨大な乳房の方や垂れ下がった乳房をエコーと触診だけでは診断するには危険すぎます。
また、マンモグラフィだけしか現れない乳癌の微細石灰化像というものがあります。またエコー検査にはマンモグラフィのような認定基準が今のところ全くありません。したがって今は各医療機関が勝手に行っています。(とういうことは各医療施設間格差がとても大きいということで、現在乳房・甲状腺超音波会議JABTSという組織が乳房エコーの認定基準作成中です)その他 エコーでは保存性の問題点(過去の画像や他施設との比較ができない)があります。
 どちらにも特徴があります。現時点ではマンモグラフィと触診は必須検査であり、高濃度・不均一高濃度乳腺例にはエコー検査を併用するというのが現在の常識です。

モニター診断
H21年度から当院でもマンモグラフィなどXP機器はモニター診断(PACS)システムを採用しました。
フィルム時代には不可能だった高濃度乳腺の読影にもデジタル技術は威力を発揮しております。
 





 


 当院のマンモグラフィとエコー(上記のように腫瘤形成タイプにはエコーは強いが・・・・



 
 上記の微細石灰化所見だけが出る非浸潤性乳がんはマンモグラフィでのみ異常をとらえることができる。


当院の穿刺細胞診

乳腺腫瘍の良・悪性の判定が画像上(マンモグラフィ・超音波検査)だけではどうしても難しい症例には穿刺細胞診を行っています。


 穿刺細胞診(FNAC 超音波ガイド下穿刺細胞診)
超音波下に黒く見える乳腺腫瘍(上図では直径約5mmの腫瘍)に穿刺注射針が入っているところ。
ここで陰圧をかけ吸引した細胞を細胞診検査に出し、ほぼ診断がつきます。
その結果が悪性あるいは悪性疑いならば、細胞診の結果を添えて外科病院へ紹介となります。

上の再生ボタンをクリックすると穿刺時の動画が写ります。




 ★★★ ホルモン剤を受ける前の最初が肝心なのです。
最初には必ず乳・子宮がん検査を受けて下さい。


すでに乳癌のある方、乳癌手術後の方にはエストロゲン受容体を介して癌の進行をはやめますのでHRTは禁忌です。




エストロゲンは大腸癌を減らす

 エストロゲン使用者は大腸癌が少ない(相対危険率65%)ことが分かっています。欧米では数多くの論文が出ております。  今後の調査、研究に期待しましょう。
 大腸癌は今後、益々増える癌の一つです。



 用語集
 ★ホルモン補充療法をしている方が、かりに癌にかかったなら、周りの人はそれみたことか、と虎の子でもとったようにいいますが、実はホルモン剤を受けていない人がその何倍も乳癌になっている現実には目を向けていません。
 さて、本当に乳癌になったのはホルモン剤のせいだったのかどうかは冷静に分析しなくては分かりません。
 ★癌の悪性度。 がんにも”たちの良い癌と悪い癌”があり、専門的には分化度が高い、低いで分けられている。
 分化度の高い たちの良い癌は正常組織と同じようにホルモンに反応するが、低分化つまりたちの悪い癌は正常組織とは大きくかたちや機能がかけはなれており、ホルモンがあろうがなかろうが勝手に増殖し、発見されたときにはすでに手遅れという癌はほとんどがこの低分化あるいは未分化癌である。
 ★黄体ホルモン。 女性の卵巣で作られる女性ホルモンの1種で、月経周期の後半に、受精卵の子宮内発育のために子宮内膜を準備するはたらきをする。



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