こじれたむち打ち症の漢方治療
(途中から)
足の三陽経が全部やられ、よく巡らなくなるから、そこで離断されて上熱下寒になる。陽気が下に下がって行かなくなる。むち打ち症の患者はみんなそうだよね、首から上が熱くなってのぼせる感じで、下にいけばいくほどどんどん冷えていく。陰陽分離の状態になった時、それを解く一番強力なくすりが柴胡桂枝乾姜湯です。
普通、柴胡桂枝乾姜湯は傷寒の状態で少陽に入っちゃった時に使うけど、三陽経を横断的に強くやられて、抑欝状態になったとき解く薬です。
(Y)むち打ち症の first choiceに葛根湯と桂枝茯苓丸を使いますが。
(下田先生)最初はそれでいいんだよ。こじれてくるとやがて柴胡桂枝乾姜湯になる。僕のとこに来るときは、大抵こじれてdoctor shoppingしている。以前、講義で言ったけど、詐病のむち打ち症はdoctor shoppingしない。doctor shoppingする人は詐病ではない。詐病の人は、交通事故でも労災でも、動かないで、ず~と最初の病院に通院し補償を求める。
本当に症状があって治りたい人は、転々とする。むち打ち症でこじれている人は、病院を転々とする。そういう人は、柴胡桂枝乾姜湯のことが多い。鍼をするときは、例外無く厥陰経、少陽経を主経脈としてとり、あと帯脈をとる。
それ以前の、あまりこじれていない人は、2経に渡っている(厥陰→きょう脈→少陰あるいは太陰)。それも、柴胡桂枝乾姜湯が有効です。さらに言えば、帯脈に入っている人には、柴胡桂枝乾姜湯と葛根加朮附湯の併用が非常によく効きます。
柴胡桂枝乾姜湯で胆経の緊張がよくとれます。緊張のためによけい流れなくなるので、よけい悪循環を形成する。柴胡桂枝乾姜湯はそこを流してくれるので、足も温かくなって、頭の重いのもとれてくる。要するに、陽気が下降するようになるため、症状が軽くなる。
むち打ち症の直後は柴胡桂枝乾姜湯じゃない、葛根湯、桂枝茯苓丸に適切な鍼をやれば、こじれることはない。
経絡理論
臓の発する脈気が、経絡の中で乱れて、それが奇脈に届いてしまうこともある。逆に、外から入ってきて皮膚から経絡に乗って臓に届いてしまう病気は、外邪の性質と入られる人間側の元々の弱いところとのかね合いでどこかに入っていく。そのプロセスで、一直線に入っていく場合と奇脈を通って橋渡ししながら入っていく場合とがある。同じように、臓から出てくる場合も、一直線に経絡に出てくる場合と途中で奇脈でお互いに影響しながら出てくる場合とがある。
臓腑を結ぶのは正経じゃなく奇脈である。一直線に外から経絡を通って臓に入るのなら正経を入る。臓からまっすぐ出てくる場合もしかり。
その人の臓のどこが強いか弱いか、五臓の相関の強さ弱さがあるよね、肝が上がると脾をおさえる、このときは必ず奇脈を通っておさえている。肝が厥陰肝経から順に巡っていく場合は、厥陰肝経から太陰肺経に行くわけで、本来、肺は肝より強いわけ(相克)だけど、実際は肝が上がると脾がおさえられる。ここを結んでいるのは正経でなく奇経です。
病因が、外から入る(外邪)のか、内から出る(内因、内傷)のか、外から横断的にやられる(経絡に関係ない)外傷・手術なのかを区別するのが大事だ。
外邪は必ず皮膚から入って経絡に乗ってくる、その後どう奇脈に係わるかは別にしてまず正経に乗ってくる。
内因は五臓六腑の中の主たる臓腑の経絡をしめしてくるから、どの臓腑から出てきているものが主か、正確に言うと五臓のどこの異常を反映して出てきているかを捉える。そして、五臓相関でどこの臓腑に影響を与えているかをみる。それを結んでいる奇脈を捉える。
この臨床講義で診ているのは、大抵この内から出ているもの(内因)である。
葛根湯の処方でも、風邪に対して使うときは外から入ってくるものに対して使い、肩凝りに対して使うときは内から出てくるものに対して使う。同じ葛根湯といいながら、両方の解釈がほとんどの教科書で混同されている。
症例1 53歳 女性 頚肩腕症候群
主訴 頚部痛、背部重苦感、手指しびれ、不眠
職業 主婦
合併症 メニエール病
現病歴
平成9年10月 閉経
平成10年5月 3時間の長距離運転後から、頚部痛、肩凝りが始まる。いつもの肩凝りなら、2~3回の指圧で治るのに、いつまで立っても続き苦しんでいた。頚の後ろから両肩までガンガンになっていた。
同年8月 朝、目覚めると、右手のしびれに気づく。全部の指がジリジリ痺れているが、特に環指・小指に強い。
同年10月 脳神経外科でMRI異常なし
道新の医療相談に投稿し、北大神経科受診するが異常なし
平成11年2月 背部痛 マッサージ・整体も効果なし。鍼灸は効果あり
同年3月26日 当科初診
(下田先生) 肩凝りは、頭に何かが被さった感じ?
(患者)いいえ
舌診 わずかに苔があり、舌尖が少し赤い。水毒はそんなにない。
脈診 肺腎両虚で心火が落ちていて、心の邪を生み出しているから小指にしびれが生じている。脾腎両虚だと、下半身に強い症状を呈してくる。
(頚の圧痛を診ながら)腎が主のような訴えだけど、胆経の圧痛も強い。少陰経に痛みの中心があるときは、秉風(小腸経)、肩中兪(小腸経)に結構きます。胆経にある時は、天容(三焦経)、翳風(三焦経)です。
腹診 右の天枢に抵抗がある、これは肺の緊張をしめす。左は脾ですが、抵抗がない。心下が冷えている。オ血なし。小腹急結なし。胸脇微苦満あり、柴胡桂枝乾姜湯の証です。手足を触ってみると、上熱下寒になっているね。
(下田先生)身体の芯も冷えませんか?
(患者)いいえ、むしろ足がほとります
(下田先生)一日中、足がほてりますか?
(患者)夜、布団の外に足を出すと気持ちいいけど、昼は厚手のソックス履かないとダメです。
(下田先生)昼間、上熱下寒になっていて、夜に戻るために足がほとる、しびれが戻るようにね。頚から上にだけ汗をかきませんか?
(患者)今は、少し楽になったけど、去年はひどかった。背中も胸の辺りもびしょびしょになっていた。
(下田先生)舌のオ血、オ血の圧痛ともない、この方はほとんど気の異常です。今もぼーとのぼせることがありますか?
(患者)ありますが、昔ほどひどくない
(下田先生)今、一番つらいのは?
(患者)肩甲骨から肩ぐらいまでの疲れが楽になりたい。指が太くなったので、ゆるかった指輪もきつくなった。
(下田先生)朝のこわばりはありませんか?
(患者)ないけど、指の中から硬くなった感じがする
(下田先生)これは、三焦経の滞りをいっています。特に、上焦のめぐりが悪いと指がむくんできます。肺が出発で、少陰・太陰が落ちて肺が粛降できなくなり腎水が不足し心が空焚きになった。
普通だったら、肝の症状はでてこないはずだけど、更年期が関係しているのかリウマチが加わっているのか肝・胆の症状が出て、3経にまたがる形で症状が出てきてしまった。
処方は難しくなく、柴胡桂枝乾姜湯、葛根加朮附湯で気の上衝が結構あるから桂皮末の揮発成分が重要で、これで上焦の症状も良くなる。
太陰が主経で帯脈から3経に流れていけば良い。
取欠 右 太衝、昆侖、陽陵泉、通里、足臨泣 太白
左 尺沢、大鍾、曲泉、帯脈点、支正
(患者)目がすごく疲れる
(下田先生)肝が衰えているためです。更年期の特徴でもある。(体鍼を終えて)どうですか?
(患者)手のしびれと頸の痛みが楽になりました。
耳鍼 交感、肩、肩甲骨
(患者)手の腫れぼったい感じもとれた
(下田先生)この方は、もともと太陰の人、ゆったり生きてきた人です。肝経の症状にみえるけど、更年期的なもの、リウマチの先駆けとして肝経の緊張がくわわってきているのかもしれない。いずれにしても、基本パターンは肺腎両虚で心火が上がって気が上衝している。
(患者)右肩甲骨内側が苦しいです。
(下田先生)肺兪だね。(両側肺兪の外のつぼと右大腸兪に円皮鍼をおく。)兪穴は経絡に直接に働く。肺に働くのではなく肺経に働く一種の対症療法です。
症例2 女性 86歳 浮腫
平成9年7月 膝関節痛、腰背部痛
その後、むくみ、特に下腿浮腫、不整脈が生じる。
ラシックスなど使用している。
漢方薬は、牛車腎気丸から防已黄耆湯、さらに桂枝加朮附湯と変更し、現在は木防已湯を処方中。寝汗は少し改善したが、足のむくみはある。特に夕方にひどい。体は冷えるが足底部はほとる。めまいはなし。
舌診 腫れぼったく気滞あり、しかし、水は溢れていない。
脈診 心脾両虚の腎の仮性実証(心が落ちて脾が落ちる、脾が腎水をとれなくなり腎が逆にあがっている)
腹診 心下痞あり。典型的な木防已湯の証。
木防已湯であっているのだけど、エキス剤の木防已湯は弱い。エキス剤は揮発成分が入っている方剤がダメだ。木防已湯エキスを使うのなら10g使い、そしてコージンを加える。