症例 1 76歳 女性 全身倦怠感

現病歴 頭が重い、後頭部が引っ張られるような感じがする、頭痛があり、日赤病院で椎骨動脈循環不全の診断を受ける。当院入院後、高気圧酸素療法、脳循環改善剤、半夏白朮天麻湯と抑肝散加陳皮半夏を使って少し良くなり退院した。しかし、退院後、全身がとにかくこわくて(倦怠感のこと)しょうがない。足もしびれる。血圧も下がってきた、上が80ぐらい。(元々は100~120)少しうつ傾向がある。血液検査は異常なし。

(下田先生)今一番つらいのは?

(患者)退院してから身体がこわい、今までこわいことなんかなかったのに。

(下田先生)だんだんこわくなってきた?急になった?

(患者)最近すこし楽になってきた

(脈診)心脾両虚の状態。そのためにフラフラしたり、血圧が低下しているのだろう。

(腹診)お腹全体はちょうど中間の感じ、極端な冷えはない。心下痞あり。

(舌診)緑の苔がある(後でクロレラ飲んだためと判明)。この苔を見たら、中気下陥かなと思ったが、姿勢が全然違う。中気下陥は脾の気が落ち込んでいるが、この方はしゃべりかたが小さいけどしっかりしている。中気下陥の人は長く話し続けることが出来ない。話し初めは大きな声でも、語尾が消える感じになる。

(患者)実際には冷たくないのに、自分では足が冷たく感じる。夏でも靴下はいている。

(下田先生)それは生命力が落ちている証拠です。気力が落ち、血圧も下がっている。お年寄りの頭が重いやこわいは桂枝人参湯の証です。下痢はしょっちゅうですか?

(患者)いいえ、めったにない。

(下田先生)一日中、こわいですか?

(患者)朝が大儀です。

(下田先生)夕方から逆にちょっと楽ですね。実は、今日は土用のはじまりなので、脾が目一杯の時です。お年寄りは夏が一番弱い。心の火を燃やさないといけないので、いっぱいいっぱいになる。7月の頃から症状が出てきたということは、その頃は心がず~と働かないといけない時期だから、心が働いて目一杯になって心が虚して、脾が虚した。土用に入ったら心の負担が減ったけど、脾にバトンタッチされ心の症状は軽くなってきたけど脾虚の症状が中心になってきた。

(鍼)右:列缺(肺経、絡穴、任脈)、公孫(脾経、絡穴、衝脈)、昆侖(膀胱経)、気舎(胃経、衝脈)、胃兪

左:偏歴(大腸経、絡穴)、光明(胆経、絡穴)、三陰交(脾経)、復溜(腎経)、脾兪

(下田先生)鍼がよく効くと目の前がパーと明るくなります。

(患者)足が軽い感じ、足のしびれはなくなった

(下田先生)処方は桂枝人参湯と附子と紅参でいいですね。今回の症状の原因は、要するに、年をとると胃腸が弱くなる。退院時、心臓が一番働かないといけない時期だったこと、土用は胃腸が一番働かないといけない時期なので症状が生じたわけです。

症例 2 69歳 女性  慢性関節リウマチ

現病歴 平成10年6月20日、特に誘因無く左膝関節腫張出現。22日当院初診。関節液35ml排出する、関節液の性状は黄色、混濁、朝のこわばりもあり、血液検査でRA(-),CRP 1.17,ESR 25mm/hから上記疑う。その後も、数回関節液排出(30~50ml/回)する。7月23日にはCRP 2.33,ESR 55mm/hに悪化。膝の造影MRIで滑膜炎確認し、seronegative RAと診断。現在、本人の希望で桃核承気湯(カネボウ)7.5gと防已黄耆湯(ツムラ)7.5gを内服中。

(下田先生)今、症状あるのはここだけ(左膝)?

(患者)ええ、じっとしていたら痛くないんですけど

(脈診)主は肝。肝と脾と肺が争っていて、肝実脾虚肺虚です。このパターンはリウマチの典型的なものです。逆に脾虚肺虚で肝陽上亢だからリウマチになるといえる。肝実脾虚肺虚になるのはリウマチ、自己免疫性肝炎、(うつ?)ぐらいしかない。しかし、脾虚肺虚があって肝陽上亢になるなら、脈は似ていても逆の脈証になる。あくまで肝が主です。

(舌診)わずかに水毒がでている。うすい苔。肝に作用する薬を使うとするなら、抑肝散加陳皮半夏、あとそれより軽い竜胆瀉肝湯、香蘇散、あともう一つの選択枝としては、全体の他のところまで典型的な影響がでているのなら、葛根加朮附湯の可能性がある。主薬として何を使うかなら、大体、このくらいの選択枝しか浮かばない舌です。

(腹診)心下はちょっと冷えている。お腹は防已黄耆湯に似ているけど、お腹の皮膚はdryです。抑肝散を思わせる腹直筋の緊張がない。

(下田先生)おしっこの症状はない?

(患者)ない。

(下田先生)いつも風邪を引いているような寒さとかない?

(患者)春先にそのような傾向があるけど、今はない。

(下田先生)(オ血点を押して)オ血はなさそうですね。水の動きはない。四逆もなしです。むしろ上熱下寒。上半身だけ汗をかくびっしり?

(患者)私は顔だけなんです。

(下田先生)頭が重く、頚から上だけが張る感じはない?

(患者)ない。

(下田先生)便秘してます?

(患者)いえ

(下田先生)(膝の触診をしながら)肝経と胆経にかなりの熱がある。脾経にわずかな熱があり、腎経には全然熱がない。これは、膝の局所の所見としては大きい。膝や肘は病んでいる経絡に沿って熱が強く出る、逆に異常な冷えがでてくることもある。

(鍼)左:附陽(膀胱経、陽清)、蠡溝(肝経、絡穴)、陽陵泉(胆経、合穴)、内関(心包経、陰維)、曲池(大腸経、合穴)

右:光明(胆経、絡穴)、交信(腎経、陰清)、外関(三焦経、絡穴、陽維)、尺沢(肺経、合穴)、曲泉(肝経、合穴)に取穴する。

背部の愈穴に圧痛なし。

耳鍼を追加。

さて、お薬ですが一番使いやすい組み合わせは、抑肝散加陳皮半夏と葛根加朮附湯です。この組み合わせを基本にしてする。四逆傾向がないが、これは今が夏の盛りなので四逆になっていないのだと思う。加味逍遥散とは違うと思う。

(患者)春先は手がすごく冷たかった。

(下田先生)今の時期だけ手が暖かいのですね。あと、間違いなく脾虚が加わっていますからコウジンを加える。附子を増量していくので水も引いていくと思います。

東洋医学的にはリウマチの典型的パターンです。背部の愈穴にあらわれない一番の理由は、まだリウマチが意外と浅い段階だからと思います。まだ、RAHA(-)でしょ。背部の愈穴にあらわれるのは、かなり陰病が進行して(臓の病症がかなり進行して)表に出てこないと愈穴に出てきてくれない。まだ、本当に初期の段階、今から戦うんだと思う。しばらくつらい時期があると思うが、乱暴な治療をしなければ良くなると思います。

症例 3 75歳 女性 糖尿病、慢性腎不全、高血圧

現病歴 平成10年2月、入院。入院前より透析中。現在の主訴は、背中が苦しいことです。レ線では骨粗鬆症、変形性脊椎症、古い脊椎圧迫骨折などがあります。変形性の変化は頚から腰まであります。糖尿病はインシュリン使っていますが、朝10単位ぐらいでそんなにひどくありません。腎臓のことがあるので、最初、牛車腎気丸と紅参を処方しました。また、当初から便秘が問題だったので、便秘がとれれば背中の苦しいのも治るのではないかと考え、便秘の治療を始めました。プルセニド、アローゼンの他に麻子仁丸、大黄甘草湯を使っても良くならない。そこで、お腹を診ると犬血が強いので、通導散を使ったらかなり便通が良くなった。ところが背部痛がとれない。当帰湯を使ってもパっとしない。頭痛ありセデスを常用していることが後から分かったので、呉茱萸湯を使ってみたが、多少いいかなぐらいでした。

(下田先生)背中の苦しいのはどこですか?

(患者)鉛でもはいっているみたい。左寄りなんです。

(下田先生)(叩打痛をみながら)この辺ですか?(左肩甲骨及び肩甲間部)

(患者)はい。背中がせつなくなると胸が圧迫されるみたいに苦しくなります。ここが閉じられるみたいに。

(下田先生)背中からお腹に抜けてここで(前胸部)ワーとひろがる感じがしますか?

(患者)そうです。

(下田先生)ぴったり衝脈の症状ですね。通導散でお通じが良くなり、ご本人も快適になったんですね。ワ~とする感じは最近ひどくなりましたか?

(患者)いいえ、最初からズ~とあります。

(下田先生)最近になって強くならない?

(患者)はい。

(下田先生)要するに、脾がからんでいるのは間違いない。

(脈診)肝腎の両方が虚したために脾が仮性に上がってしまった状態です(肝腎両虚脾仮性実証)。そのために便秘がでてくるんですね。どちらが主かなんですね。腎不全でも腎が主でない場合もあります。

(圧診点)足の臨泣(帯脈)に圧痛あり。太衝(肝経の原穴)より大鍾(腎経の絡穴)に強い圧痛あり。主は多分、腎ですね。たぶん、帯脈です。

(鍼)左:足臨泣、大鍾、陽陵泉(胆経、合穴)、通里(心経、絡穴)、曲地(大腸経、合穴)、右:尺沢(肺経、合穴)、支正(小腸経、絡穴)、飛揚(膀胱経、絡穴)、曲泉(肝経、合穴)と帯脈穴にとる。脾が十分に働いていないので、本人の証は衝脈にあるので、章門にとることもある。けれども、衝脈は三経を結べない。三経を結べるのは帯脈と維脈です。

(舌診)こういう苔は、葛根加朮附湯です。

(腹診)心下痞に似ているが、胃実でも仮性の実証だから熱はない。本当の胃実から出発する時は熱いのです。

(下田先生)頭の重いのはどう?

(患者)なくなってきたみたい。でも、背中の苦しいのは変わらない。

(下田先生)じゃ、耳鍼をしましょう。(左耳鍼を頚、肩、胸のポイントにする)

(患者)背中がかるくなってきた

(下田先生)お通じは治療の第1歩です。三経にまたがる頭痛です。処方は、通導散と

葛根加朮附湯に頓服で川弓茶調散を加える。


総 括

 症例1のケースは、お年寄りに非常に多い。要するに、潜在性の心不全がず~と続いていると胃腸の働きが弱くなって心脾両虚になる。中気下陥に非常に似ているが、違うのは姿勢が同じ前屈みでも比較的良いこと、しゃべりがしっかりしていること。心脾両虚に桂枝人参湯と附子を加えるのは大した処方ではないけど、お年寄りのなんか分からないけど力が無くなってこわいとか、フラフラする、血圧が上がったり下がったりする場合、桂枝人参湯です。お年寄りのなんだか分からない頭痛の9割は、経験的に桂枝人参湯ですね。結局、年をとるごとにゆっくりゆっくり食欲が落ちていく、心が落ち、脾も落ちる。最終的に物を食べれなくなればお迎えがくることになります。

症例2のケースは、大変典型的なリウマチです。但し、非常に発症間もない。これからです。補体を測っていますか?リウマチの経過は補体を測ると良いと思います。リウマチの経過はRAHAより先に補体が動きます。ちょうど肝炎と同じで、リウマチに対する免疫系を動員するために、先に補体が下がってくる、その後にRAHAが上がってくる。CRPは現状の勢いを示している。僕はCH50を測っているけど、補体が10以下まで極端に下がってきて、その後RA因子が上がって全面戦争になる。全面戦争になって、RA 因子がピークに上がってくる頃には逆にCH50は正常か高値になる。早い時期のリウマチには補体が病勢の指標になります。

症例3は、表に出てる症状は衝脈なんですが、理屈上、肝腎両虚脾仮性実証というのは、肝は厥陰肝経、腎は小陰腎経、脾は太陰脾経です。この三経を橋渡しできる奇経というのは陰陽の維脈と帯脈しかないです。衝脈をとるのは無理がある。肝と腎だけをとっても一番強い症状は脾だし、肝と脾をとっても肝実脾虚になっちゃうし、脾と腎だけとっても肝経の反応が強すぎる。衝脈をいじくらないで帯脈で全身を調整した方が良い。症状が一番こじれている時に帯脈に症状が現れます。たぶん、透析などやっているから、一番難しいところにある。慢性的になって帯脈に入っている人は調整して一度良くなっても、やがて落ちていくことが多い。急性疾患で一時的に帯脈に入っても帯脈を過ぎるときょう脈から出てくるんですね。でも、この症例は年齢、病気からいって致しかたないでしょう。

(恩田先生)症例1は脾虚ということですが、非常に食欲があるんですね。それで人参を考えなかったんですが。

(下田先生)心脾両虚の老人にはあるんですね。昔からよく言うでしょう。お年寄りは死ぬ近くになってもよく食べる。心脾両虚でいつも脾が飢えた状態にある。食欲の異常亢進です。本当に脾が強くて物を食べるとどんどん太ってくるんです。年寄りの心脾両虚の時、物を食べても太らない。欲しがって一生懸命食べるのに太らない。脾気が足りなくて、体全体が要求してどんどん食べるけど実にはならない。人参をやってもどれだけ効果あるか難しいところだけど、食べようという気持ちがあるうちは治療できる。食べる気もなくなれば治療は難しい。

(山下)関節水腫の治療に困っているのですが、漢方、鍼灸治療は有効でしょうか?

(下田先生)膝の水腫だけにしぼって変形性膝関節症の患者を集めてもらえば分かるのだけど、鍼灸治療は一番有効で治療パターンは3~4種類と以外と少ない。鍼をするとみるみる水はひいていきます。



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